甘美なる畜生道


 

「ここ、は……」
(なんだか危険な気がする……)
 戦士としての勘がそう告げていた。うっすらと周囲の様子は見渡せるが、本来であれば暗闇で何も見えない筈の空間。何かの胎内だろうか。ヴィーナスにはなぜかその空間を見渡すことが出来た。
「この匂い……さっきのッ」
 濃縮したミルクの香り。身体は既にこの匂いになれてしまったのか、正気を保っている。自分が先ほどまでどんな痴態を見せていたのかはまるで解からないが、意識を失って本能むき出しになる直前までの行動はよく覚えていた。
「私は、この匂いに狂わされたんだわ……」
 コポコポと泉のように溜まるミルク。ヴィーナスは己がこれからどうなるのかさえ分からない。だが、危機的状況であることには変わりない。
「なんとか、抜け出さないと!」
 そして仲間に助けを求めるしかない。もしくは、自分でもう一度あの妖魔と対峙し、決着をつける。もうこの匂いに惑わされることは無いはずで、それならば未だ勝機はある。その為にも何とかしてここから抜け出さなければならなかった。




 変化は胎内から外の世界で起こった。
 ドロリと大量のミルクが巨大な乳首から吐き出された。ヴィーナスが姿を消して、数時間後。ミルクと共に一匹の妖魔が吐き出された。それは新たな妖魔の子供。セーラーヴィーナスの衣装さえ辛うじて残っているが、それは姿も心も妖魔へと作り変えられた元人間。
「ン、ンンンンモォォォゥ」
 弱弱しく鳴いた妖魔の子供は、他の妖魔達の祝福のまなざしを受けて誕生した。
「よく生まれたわ……あなたは今から私の可愛い子供」
(おかあ、さん……?)
 たどたどしい仕草で、外の世界の眩しさに目を細めながら、声の響いた先を見る。自愛に満ちた巨大な妖魔自分を見下ろしていた。
「ンモーォ」
 それに答えるようにヴィーナスは鳴いた。満足そうに巨大な妖魔がゆっくりと頷く。
「さあ、あなたもこれからは皆と一緒に妖魔の為のミルクを作るのですよ」