退化


 

「みんなを、元に戻しなさい……ッ」
苦しげに、だが凛とした口調で要求する戦士。そんな口調とは裏腹に、戦士ことセーラーマーキュリーは直立した壁、いや台のようなものに拘束されていた。
「元に戻りたくないとしたら?」
「何を馬鹿な事を……無理やりこんな事をさせて、何も感じないなんて本当に許せないわっ」
 相手を突き刺すようなマーキュリーの視線に、目の前の少女はおどけて首を振ってみせた。
「嘘ではありませんわ。全く人間って本当に猿と同じなんですもの……放っておいたら自分たちで猿になっていくんですのよ」
 鼻をつまみながら、少女は辺りを見回してみせる。
「本当に臭いですわよね。あなたもそう思うでしょ? ほら、動物園の掃除していない檻なんて、まさにこんな臭いじゃありませんこと? 綺麗好きのわたくしには耐えられませんの……」
 それでもマーキュリーには信じられる事ではなかった。頭を振って、何も出来ない自分を呪った。
「どうしてこんな酷い事を……」
 その問いに対して、少女は自慢気に胸を反らせながら楽しそうに語った。
「探し物を探しているついでの、お遊びですわ。だって退屈じゃありませんこと? わたくし、自分で面白い事を考えたって自慢してますの」
「馬鹿げてるわ……」
 心の底から不思議そうな顔で少女は問う。
「どうしてかしら? こんなに楽しいのに……このお猿さんなんて、わたくしの事を散々罵ってくれましたのよ? でも……」
「ヴィーナス!? マーズ!?」
 少女の背後に広がる暗闇に、サーカスの照明が落とされる。そこには人間を辞めつつある二匹の猿が自慰行為を行なっていた。
「おっ おぉぉぉっ」
「い、いヒィ! いいっ! いいのぉ! んひぃいいいい!」
 凛とした面影など欠片も残っていない。それどころか、鼻の下を伸ばし、下品な顔で下品な言葉を発し、人間としての尊厳をかなぐり捨てて欲望を貪っている。




 少女はすげなくマーズを見捨て、マーキュリーを見つめる。
「さあ、準備はよろしいかしら」
 ゴリラのような猿人は、マーキュリーの両手を離し、奥へと引っ込んでいく。開放されたものの、蓄積した疲労は未だに回復していない状態では、走りだす事もままならなかった。
「どうするっていうの?」
(何をされても、なんとか耐えてみせる……)
「くすくす、良いですわねその表情。どうするか、ですって? それは……あなたの『夢の鏡』を頂くという事ですわ」
 少女の手元に、ビリヤードで使用するキューが現れた。そして目の前にはボール。
「では、見せて頂きますわ」
 綺麗なフォームでキューをしごき、玉を突く。一直線に玉はマーキュリーへ向かい、その身を刺し貫いた。
「あぁぁああああああああッ!!」
 胸元が光り輝き、マーキュリーの夢の鏡がその姿を表した。
「あら、綺麗な夢ですわね……でも、ゴールデンミラーじゃありませんのね……」
「う、ぁぁああああああああっ!! そんなにっ み、見ないでぇえええッ!!」
「ペガサスもいないようですし……」
 少女は、「ふう」と溜息をつくと、マーキュリーの『夢の鏡』から顔を出した。




 自らの肉体が、正常ではなくなりつつあることを悟り始めていた。あれほど強烈な臭いが、全く苦では無くなっているのだ。
「はぁっ、はぁっ、駄目……はな、して……」
「ウキキィ!」
「あっ、マーズ……ッ! んっ んんんぅ!」
 無理矢理に口へと差し込まれる男性器。その極太の肉棒を口一杯に咥えさせられた瞬間に、呼吸が出来ない以上に頭をハンマーで殴られたかのような衝撃が走った。
(お、いしぃ?!!)
 認められない事実。しかし、精子の腐った生臭い匂いと、汗の塩気とが混然となって広がる口内は、マーキュリーがこれまで味わったことのない未知の甘美なる味覚だった。
(いぃぃいけないわっ!! こんなの、こんな!)
 否定の言葉を心の中で繰り返すが、考える事さえ面倒になる快楽がそこにあった。さらに、股間の匂いを充分に堪能したヴィーナスが次の行動へと写ったのだ。
「うきっ!」
「むごぉっ!」
 下腹部への突然の衝撃。準備も何もなく、一気に男性器がマーキュリーの女性器へと突き刺さり、そして突き上げたのだ。
「ぐぶっ! むっぐぁ! んっ んっ!」
 激しい前後のピストン運動。重力は確かに存在する筈なのに、何がなんだか解らない状態に陥り、ただただ激しい波に、凄まじい匂いと味に、身を委ねるしかなかった。下腹部にいたっては疼くような快楽も何もなく、衝撃だけが、ドンドンと響くだけ。